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サイエンスマンの本格科学メモ

scienceman.exblog.jp

現代物理、進化論、脳科学など、現代の科学についての個人的思考を中心に記録します。

 現代の心理学がカバーする分野の数は膨大であり、それぞれ分厚い解説書が必要なくらいで一人ですべて熟知することはほとんど不可能なほどです。その中で現在活発に研究されていて、しかも基本的な分野は、認知心理学、発達心理学、社会心理学、それに臨床心理学です。

 昔はヴントの構成心理学(心を構成要素に分けて研究していく方法)に始まり、ゲシュタルト心理学(全体のまとまりを重視する見方)、行動主義(行動とその変化のみに注目)、精神分析(無意識を強調する考え方)など、いくつかの学派や主義のどれかに基づいて研究することが主だったのですが、それらはどちらが正しいというものではなく、それぞれ一理はあるもののすべてに適用できるもではありません。したがって、それらの流れを汲みつつ心理学の各分野で適切な方法、あるいは組み合わせ方法を選んで理論を構築し実践に応用していく、という方向になっているようです。

 一般的に心理学では、自然科学とは異なり、すべての人間と環境で適用できる普遍的な理論や法則はありません。いろいろなアプローチがあり、どれが正しくてどれが間違っているとは一概に決められず、決着がつかないことも多いようです。それぞれに利点があり、欠点があります。行動主義では、行動に現われない記憶のような心理を扱うことは難しいですし、構成心理学では説明できないゲシュタルト的な心理現象も多くあります。臨床心理の実際では、個々のケースで応用として最適なアプローチを選ぶことが重要です。

 また、日本では欧米の心理学をそのまま取り込んで、いわば直訳的に日本語に翻訳することが多かったため、専門用語にわかりにくい言葉があります。たとえば「作業記憶」は、working memory の訳ですが、作業の記憶ではなく、コンピュータ用語でいうところの「キャッシュメモリ」のことです。working はすぐに使えるという意味で、訳語ではそのイメージは感じられなくなります。最近では無理に翻訳せずカタカナで表わすことが多いようですが、やはり的確な翻訳を期待します。

 認知心理学において、「思考」を考察するとき、考えに偏り(バイアス)が生じることが議論されます。もっともバイアスが起こりやすいものに「素朴理論」があります。これは自然に身につく理論のことで、典型的な例には「天動説」があります。毎日空を見上げていれば、太陽が地球の周りを回っていると思うのは自然な理論であって、実際人類は何百年もこの素朴理論を信じてきました。残念ながら素朴理論を打ち崩すには何年もかかります。近代の自然科学でもその例はたくさんありますし、現代でもその芽は多く隠れているに違いありません。また、「確証バイアス」というものもあり、人間は確証を少しでも得られると容易にその説を信じてしまうということもあります。天動説に見るように科学の分野でもそれは変わりません。このように、認知心理学や集団心理学が交差する領域で、「科学心理学」という分野が考えられるかもしれません。

 心理学の理論は、 当然のこととして文化・地域・年齢・性別の影響を受けますが、まだ十分に考慮されている状況ではないようです。理論自体もすべての文化・地域で実験・実証されているものはないと思われます。とくに日本では、臨床心理の現場でも、欧米の臨床心理理論の取り込みに追われているだけで、日本文化の特質を生かした心理治療までは至っていないようです。欧米と日本の違いは、端的には個人主義と関係を重視する「間人主義」の違いです。文化の違いを正しく意識して臨床心理を考えていく姿勢が必要と思われます。

 個別の心理学分野については、別途考察したいと思います。

心理学 (New Liberal Arts Selection)

無藤 隆 / 有斐閣


# by scienceman | 2012-05-16 11:34 | 心理学
 2011年のノーベル物理学賞は、Ia型超新星を標準光源にした赤方偏移の観測において、宇宙の膨張が現在加速しているという結果に対して与えられました。アインシュタイン方程式を前提にすれば、これは宇宙定数(宇宙項)の復活を意味します。宇宙定数を方程式の右辺に移せば、これは反重力的な真空のエネルギーと解釈でき、ダークエネルギーの存在が示唆されます。

 宇宙の膨張を表現するフリードマン方程式において、真空を流体とみなした時の一般的な状態方程式
                 p = ωρ
で表わされるものが「ダークエネルギー」です。ここでpは圧力、ρは密度で、ωはモデルによって決まる係数です。宇宙定数ではω = -1 となります。他のモデルではωが時間の関数になるものもあります。

 宇宙定数モデルでは、真空のエネルギーが問題になりますが、これが混乱をもたらしています。たとえばカシミール効果での計算においては、金属板間の真空に発生するエネルギーは
               E = (1/4) Σn h ωn
となります。ここで、hはプランク定数、ωnはnモード目のフォトンペアの角振動数です。ωnが無限大のエネルギーは無限大なのでE、すなわち真空のエネルギーは無限大になります。しかしカシミール効果の場合は、金属板間に働く力が知りたいのでエネルギーの差を計算すればよいため、無限大から無限大を引く「正規化」と呼ばれる一種の繰り込みが可能です。したがって金属板間に働く力は、有限で小さな値になります。

ですが、アインシュタイン方程式ではエネルギー密度がもろに代入されるので、繰り込みは使えません。無限大のままでは計算できないため、エネルギーの加算でプランク長より波長が短い高エネルギーの量子を除きます。それが観測より予想される値より120桁大きいというエネルギー密度値です。これは超対称性を使っても大した効果はありません。プランク長でカットすれば有限にはなりますが、しかし理論が有効と思われる範囲で加算すれば正しい答えが出るだろうという根拠がわかりません。これは桁数が大きいというより、あくまで無限大が理論の結果で、むしろ理論が破綻しているような気がします。おそらく無限小の波長で無限大のエネルギーを持つ量子が真空中に発生する確率は無限小でしょうから、「真空の量子統計力学」のような理論が必要なのかもしれません。

 ダークエネルギーのモデルとしては、未知の場を想定するものやクインテセンスのような第五の元素を使うものがあります。モデルによって係数ωが違いますが、観測ではまだ正しいものを選択する精度がありません。これからの精細な観測が期待されます。

 ダークマターも含めると現在、宇宙の物質(=エネルギー)の96%が正体不明という異常事態です。このような事情から、ダークマターやダークエネルギーを仮定せず、ニュートン力学や一般相対性理論を修正して宇宙を説明しようという流れも考えられます。観測といっても、ダークマターやダークエネルギーについては状況証拠しかありません。つまり銀河や銀河団のスケールで万有引力の法則やアインシュタイン方程式が成り立つことを前提にしていますが、その直接的な証拠はまだありません。ですから、重力理論を修正するという方向は可能性として常に残されています。

宇宙のダークエネルギー 「未知なる力」の謎を解く (光文社新書)

土居 守 / 光文社


見えない宇宙 理論天文学の楽しみ

ダン・フーパー / 日経BP社


重力の再発見―アインシュタインの相対論を超えて

ジョン・W・モファット / 早川書房


# by scienceman | 2012-04-06 17:55 | 宇宙論
 現代の素粒子物理学では、電磁気力、弱い力、強い力、重力の四つの力を統一することを一つの目標にしています。大統一理論や超対称性、超ひも理論もそのような流れで発生しています。それは量子論と一般相対性理論を統一するという面も出てきます。もちろん統一理論を組み立てることができれば理想なのですが、その前に足場がどうなっているのか確かめておくのも大切かもしれません。

 まず一方で、量子力学を基礎にした場の量子論による統一の流れがあります。QEDによる電磁気力と弱い力はすでに統合されましたが、QCDによる強い力を取り込もうとしたGUTは、陽子の崩壊予言でつまづき頓挫した形になっています。陽子の崩壊時間が長いモデルも考えられているようですが、複雑になるばかりです。

 量子は波と粒子の両方の性質を持ちます。場の量子論ですべてがうまくいけばよいかもしれませんが、そもそも大きさを持たない点粒子がどうやって波の性質を持てるのでしょうか。繰り込みとか考える前に、この基本的な矛盾がある限り、すべて統一するのは無理でしょう。つまり、基本的な原理において理論が不完全ということですから・・・。

 他方、重力を表わす一般相対性理論はどうでしょうか。もちろん場の量子論を含んでいない古典論なのはしかたがないのですが、それを除けば万全な理論なのでしょうか。アインシュタインが定常宇宙を導くために宇宙項Λを入れたのは有名な話です。
    Rμν - gμνR/2 + Λgμν = 8πGTμν/c4
このように、望みの答えを得るために方程式を変更できるような理論は、はたして磐石と言えるでしょうか。

 ニュートンが重力の法則を発見したとき、遠い物体同士がなぜ力を及ぼしあうのかわかりませんでした。とにかくそういう遠距離力が働くのだということにしました。そしてアインシュタインは、物体が周囲の時空を曲げることによって力を及ぼすように見えるのだと説明しました。そのように、なぜだか説明がつかないところに不完全さがあり、新しい理論への道の可能性があります。

 いまアインシュタイン方程式に戻ると、ここでは、なぜエネルギーが時空を曲げられるのかの説明がありません。どのようなメカニズムで曲げられるのでしょうか。その原理があるのなら、宇宙項の入る余地はなく、しっかりと等式で結べるかもしれません。あるいは宇宙項は必要であるとわかるかもしれません。ここでも説明のつかないところには、不完全さが潜んでいる可能性があります。

 そう見てくると、現状での力の統一理論とは、不完全な二つの理論を統一しようという試みに見えます。そして、不完全な理論どうしを統一して完全な理論ができるとは考えられないのです。上に建屋を立てる前に、足場をしっかりしておくのがよいかもしれません。繰り込みができるできないではなくて、基本的な原理は何かを探るべきかもしれません。
# by scienceman | 2012-03-14 18:06 | 現代物理
 アインシュタインは定常宇宙を信じていて、方程式に宇宙項(宇宙定数)を追加してまで宇宙を定常にしましたが、ハッブルの膨張宇宙の発見により宇宙定数は(一時的に)削除され、膨張の時間を逆行してビッグバン理論という宇宙の始まりについての議論が発生しました。

 原初の宇宙は微小な空間にクォークなどのプラズマが押し込められ、膨張とともに陽子や中性子などの素粒子ができ、しだいにいろいろな原子が作られていきます。ついには重力により星や銀河ができて、140億年後の現在の姿になるわけです。アインシュタイン方程式から導かれる、平坦な宇宙でのフリードマン方程式は(光速c=1、重力定数G=1とします)、
             (da/dt)2 - 8πρa2/3 = 0
です。ここで、a(t) は宇宙の大きさを表わすスケールファクターで、ρは(物質、放射、真空の)エネルギー密度です。時刻 t0 現在のエネルギー密度をρc とし、それぞれのエネルギー密度ρm、ρr、ρvをρcで割って、相対比率をΩm、Ωr、Ωv とすると、物質と放射について次のように解くことができます。物質優勢(Ωm = 1、Ωr = Ωv = 0)では、
             a(t) = a0 (t/t0)2/3
放射優勢(Ωm = 0、Ωr = 1、Ωv = 0)では、
             a(t) = a0 (t/t0)1/2
となります。宇宙は最初放射優勢であり、すぐに物質優勢になると思われます。このような初期の状態・膨張がビッグバンと呼ばれます。宇宙マイクロ波背景放射の存在もビッグバン理論を支持しています。

 ビッグバンは膨張宇宙の帰結ですが、それだけでは説明できない観測結果があります。まずビッグバンで大量に生成されたと思われる磁気単極子(モノポール)がまったく見当たらないということがあります。モノポールはN極あるいはS極だけがある磁気物質です。また宇宙空間は平坦であって歪みはなく、ほぼユークリット幾何が当てはまります。そして宇宙はごく微小なゆらぎ以外は一様であって、等方的でもあります。それらはビッグバンの比較的緩やかな膨張だけでは達成できません。一様になろうにも、情報が宇宙の地平線を越えられずにばらつきが残ってしまいます。

 そこである短い期間、宇宙が急激に膨張するというインフレーション理論が考えられました。平坦なフリードマン方程式で、真空優勢(Ωm = Ωr = 0、Ωv = 1)の場合、
             a(t) = a0 exp{H (t - t0)} 
ここで H = √(8πρv/3)です。このように指数関数的に急激に膨張すれば、地平線より速く大きくなり一様になることも可能で、空間も平坦に近づいていきます。モノポールも一気に密度が薄くなり、我々の周囲から消えていきます。インフレーション理論により、宇宙背景放射のゆらぎの測定結果も、量子ゆらぎによる計算結果とよく一致し、この理論は広く認められています。しかし、真空のエネルギーが発生するメカニズムについては、確立した理論はなく、実証もありません。

見えない宇宙 理論天文学の楽しみ

ダン・フーパー / 日経BP社


# by scienceman | 2012-02-25 16:00 | 宇宙論
 ダークマター(暗黒物質)は、宇宙には恒星とは別に、光らない暗黒の物質が充満しているようだと、1930年代から指摘されてきたものです。銀河の渦巻きの動きや銀河団の動きが、眼に見える恒星だけの重力だけでは説明できないほど速いため、見えない物質があるに違いないと考えられたのです。ダークマターの存在は、重力レンズを応用した観測や、銀河の衝突でも間接的に確認されています。ダークマターは銀河を取り囲むように球状に分布しているようです。

 初期にはダークマターの候補として、褐色矮星などの光らない死んだ星が挙げられていて、実際に発見もされましたが、数が少なく質量が足りないため考えられなくなりました。そして、次の候補として当時未発見の素粒子であったニュートリノに白羽の矢が立ちましたが、これも発見されると質量が少なすぎるということで破棄されました。軽いとダークマターは高温になり、銀河団などの宇宙の構造ができるのに時間がかかりすぎることになってしまいます。そこで現在、ニュートリノの超対称性パートナーと予想されるニュートラリーノがダークマターの一番の候補になっていて、観測装置の建設などが進んでいます。

 もちろん未知の粒子からなるダークマターが、ニュートラリーノではないかもしれません。まだ提案されていない他の粒子かもしれないし、宇宙の始まりに余剰次元に閉じ込められた粒子かもしれません。微小に巻き込まれた余剰次元の空間で運動する粒子は、大きなエネルギー、すなわち大きな質量を持つ可能性があり、次元を越えて重力が観測されることがあるかもしれません。

 主流ではありませんが、ダークマターの存在を疑う議論もあります。銀河のようなスケールでの重力法則は確認されているわけではないので、法則あるいは定数を変更する方向もありえます。そのようなスケールでは、重力は見かけより強いのでは?ということです。これはニュートン力学から変更する必要があります。重力定数をスケールが大きくなると増えるようにすればいいのですが、そのためには別の未知の素粒子の存在を仮定して重力を発生させなければならず、結局別種のダークマターがあるということになってしまいます。ダークマターは宇宙背景放射の観測結果とも矛盾しませんし、観測すべてを説明できる新しい重力法則は、なかなか難しそうです。

見えない宇宙 理論天文学の楽しみ

ダン・フーパー / 日経BP社


# by scienceman | 2012-02-24 15:42 | 宇宙論

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